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  • 2015.09.10 Thursday
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縁というもの・・・・・。





 
何から

いや、

どこから話をしようかな?

少し戸惑いながら

過去の記憶を呼び戻してみる。

親分の心に

少し引っかかったままの

天才シンガーが一人居るんだ。

彼の名は

A-SHOW君といって

親分より2、3歳くらい上だったかな?

いや、

もっと上だったかな??





だから

今、

40代半ばだったと思う

間違ってるかも知んないけど・・・・。

音楽のジャンルとしては

ブルースマンって言えば

想像してもらいやすいと思う。

大きなカラダから放たれる

彼の歌声は

エネルギッシュであり

とても繊細でもあり

どことなく

いつも何かを背負っているような

孤独や深い悲しみを想像させ

決してブレない芯の強さも感じられました。

少なくとも

親分にはね・・・・。

今、

一番

ブローバーに迎えたいアーティストである

そんなA-SHOWという人間について

少し

親分の思いを話してみようと思う。

彼と初めて会ったのは

恐らく

10年ほど前だったんでは無いだろうか?

まだ

ブローバーが三ツ寺会館の地下に在った頃で

その同じ地下一階に

猴亮鮗屋

というオーセンティックなBARがあったんだ。

そこのマスターの大谷君とも

お互いのお店を行き来しながらのお付き合いもあって

とある日

その大谷君のBARである

猴亮鮗屋瓩

ある一人の大男の弾き語りLIVEを観ることになったんだ。

そう、

その大男が

A-SHOW君であって

今回の親分の小話の主役である。

彼の歌声を初めて聞いた

その瞬間、

圧倒されるその声量とともに

何て切なく

何て優しい声なんだろうと感動し

さらに

その超絶ギターにも心を奪われたことを

今でもハッキリと記憶している。

彼は、

100キロはあるであろう大きなカラダに

ハンチングをかぶり

たっぷりの髭をしたがえ

いつもBARを中心に当時は

弾き語りを多くしていたと思う。







そんなA-SHOW君に

猴亮鮗屋瓩任LIVEで

感動した親分は

「一杯飲んで下さい」

って言うと

少し申し訳なさそうな顔をしながら

乾杯してくれた。

それがジンジャーエールだったと気付くのに

そんなに時間はかからなかった・・・・・。

この髭面にハンチングを被った大男が

酒を一杯も飲めないと知ったとき

親分は全く信じられなかったんだなぁ。

こんなに酒が似合う男も中々居らんでぇ!

っちゅう位のビジュアルやさかい。

それからと言うもの

当時

月に一回くらいのペースだったのかなぁ?

猴亮鮗屋瓩把蟯的にA-SHOW君のライブが行われていたので

チョクチョク

色々なお客さんを連れて観に行っていたんだ。

当時

親分は

普段飲まない

シングルモルトを

バーテンダー協会にも所属している

大谷君に教えてもらいながら飲んでいたんだなぁ。

ラフロイグを

「スモーキーやわぁ!」とか言って

格好つけて飲んでたっけ?

そんで

A-SHOW君もお酒は飲めないが






ブローバーに来ると

親分のタコライスを非常に気に入ってくれて

いつも大盛りのそれとコーラを注文してくれていた。

その頃の親分は

まだ20代後半

人間的にも

身勝手で強引で

勢いだけ???

まぁ、

今でもあまり変化は無いと思うが・・・・・。

何度か

調子に乗った親分が

ワガママを言って

ブローバーで2、3曲歌ってもらったことがあったんだ。

何か

そのときは

気付かなかったんだけど

親分の

こんな感じの行動、態度が

今の言葉で言えば

少しリスペクトが足らない

と感じられたのかも知れない。

ある場面で

無理矢理

ブローバーに連れてって

2、3曲歌ってもらったとき

A-SHOW君と大谷君が

お互いに「スミマセン!」

みたいなアイコンタクトをとっていたことを

フィーリングでは感じ取っていたのも事実で

今でも

その雰囲気をハッキリと覚えている。

今、

凄く反省しているところだね。

でもね

正直な気持ちで

本当に

この素晴らしい歌声と

この素晴らしいギターを

僕は

ブローバーのお客様に聞かせたかったんだ!

シンプルに言えばこの一心であって

せやけど

未熟ゆえ

伝わらなかったことも在ったんではないのかなぁと

今になっていろいろ思うのである。

そんな彼、

A-SHOW君と個人的に話をした

最後の記憶は

ちょうど

ブローバーが今の場所に移る時

当時

携帯電話の番号は教えてもらっていたので

移転リニューアルオープンの時に

LIVEをしてもらえないかっていう相談だった。

そして、

いくつかの誤解が在ったのか?

親分の強引な無神経さに疲れたのか?

結局

そのときは

そのまま連絡が無く

コレが最後の会話となってしまっている

そして

今現在まで

およそ6年近く

お会いしていないどころか

今何所で

何をしているのかすら分からなかったんだ。

街の噂で沖縄に行ったとは聞いたものの

パソコンもろくに触れなかった親分は

調べることも思いつかず

数年後

少し触れる様になって来てからも

何度となく

彼の歌声がいとおしくて

探し求めるも

検索に引っかからなかった。

そう何年もだ・・・。

しかし、

知り合った当時の彼が出した

アルバムはしっかりと大事に持っていたので

いつでも

ステレオを通しては聞くことが出来たんだ。



少し

彼の歴史を

親分が彼から聞いた範囲で紹介してみよう。

その昔

A-SHOW君は神戸でブルースバンドを組んでいたらしく

しかし

その時

そう、

あの

阪神淡路大震災が彼らの運命をも変えてしまったのです。

A-SHOW君は無事でしたが

当時

一緒にBANDを組んでいた仲間が二人亡くなってしまったのだそうです。

その他にも多くの知り合いや友人を亡くしたのかもしれません

そして、

これを機に

一度は

歌う事も

ギターを奏でることも

やめてしまったそうです。

どれくらいの歳月が経った時だったのかは

親分は分かりませんが

多くの仲間や友人が

「また、お前の歌が聞きたい」

って・・・・・・。

そう、

沢山の愛や勇気を貰ったのでしょう

そしてまた彼は歌い出すことになったそうです。

知り合ってほどなく

そんなA-SHOW君は実は大阪?神戸?の公務員だったらしく

そして、

その日

こう言われたんだ。

「今日で公務員辞めてきました。」

「明日からは歌一本で生きて行きます!」

言葉で言うのはホンマ簡単だが

その決断の大きさは

自分に置き換えれば皆も分かる筈だ・・・・・・。

この男は本物だ!

親分は本人からその話を聞いたとき

素直にそう思った。

何か

凄く切ない彼の歌声の裏には

数々のストーリがあったんですね

もちろん

親分が知っていることなんか

1000分の1にも満たない物ですが・・・・・。

そして

とうとう

つい

3日ほど前

親分は

インターネット上で

A-SHOW君を発見したんです!

それも

歌を歌っている動画まであったんです。

親分が

もう少しパソコンに詳しかったり

もう少しマメにチェックしていたら

もっと早く

出会えていたかもしれません。

しかし

それもこれも

すべて縁というモノなのかもね。

そして

どうして

親分が何年もの間

探していたのに

今日まで出会えなかったかがハッキリしました。

彼は今














A-SHOW














という名前ではなく



















壽屋音次郎



















という名前で活動していたからなのです!



これじゃぁ、

中々

見つからんわ!

全然ちゃうやんけ・・・・。




せやけど

ここで

当時大谷君が三津寺会館の地下でやっていたバーである

默莢悪瓩鯡松茲襪箸蓮




本当に気持ちのある二人の信頼関係が眼に浮かびます。

いろいろ見て行くと

やはり

沖縄に渡っていたのは本当らしく

BARをしていたそうです。

彼がほぼ毎日更新していたブログを見つけました

それによると

何と!

彼、

寿屋音次郎君は昨年

脳梗塞で倒れ

生死の縁をさまよったそうです・・・・。

そして

一時は半身が麻痺で動かなくなり

眼も見えなくなっていたそうです。

今現在の状態は

眼の手術により少しは見える様になったそうで

そして

歌うことやギターを弾くことは

復活したそうです。

そして、

彼のブログは今月のある日

終わりを迎えました。

そこには

今月で沖縄を離れ

そして

ギター一本だけもって

次は

東北に向かうと記載されてました。

彼のブログの中に

こんな記述が在りました

「沖縄には何もなかった、景色だけだと」

「そして、大阪を離れた時もこんな感じだったとよな」と・・・・・。

この言葉の重みも少し感じます

親分のことなんか

彼の記憶の中から

もう既に消し去られてるのかもしれませんが

それでも

親分が

ブローバーの素晴らしいお客様に

寿屋音次郎の素晴らしいLIVEを聞いて欲しいという欲望に嘘偽りはない

でもね

今は

少し

親分の心の中も変化して来た。

とてもじゃないけど

俺は今言えない

ッて言うか

そんな事より

今、

彼がこの世に存在していて

彼が愛する場所で歌っているんだ

だから

そこに行けばいいんだと

だから、

そこに行けば彼の生の歌声が聴けるんだ!

そんで

遠くからじっと

シングルモルトを飲みながら聴いていたい。

そして、

いつの日か

本当に縁があれば

夢は叶うはず・・・・。

最後に

寿屋音次郎君は

来月から東北に行くと言ってたが

1日、2日行くのとは訳が違う

彼は生活の拠点をそこに向けるんだ

すべてを捨てて

ギターだけを持って。

あの阪神淡路大震災から16年

もしかしたら

何か覚悟を決めているのかい?

凄いよ、

きっと聴きに行くよ

ほんの少しの縁を信じて

だって

A-SHOW君



寿屋音次郎

って名前に変わっちゃったけど

実は

親分と一緒で
























小松っちゃんやもんな!























いつか会える日まで

陰ながら応援しています!







最後に

YOUTUBEで見つけた

寿屋音次郎aka小松英章君が

16年前の

阪神淡路大震災の避難所で

小学生から

早く心が温かくなる曲をって

リクエストされたのがコレだそうです。








また泣いちゃったよ・・・・。

「赤いスイートピー」






それから

これも

ホンマいい歌ですね!

「今夜いつものBARで」






沢山ある

大好きな曲の中から

アルバム「DEAR OTIS」にも入っている名曲





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  • 2015.09.10 Thursday
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コメント
Facebookで壽屋音次郎 A-showと連絡取れたよ!帰ってきたら顔出しますって返事があった。
  • Imai
  • 2011/04/21 6:54 PM
ありがとう!

IMAIさんって

あのオムカレー君ですか?

おかげさまで

先ほど

A-SHOW改め

壽屋音次郎から

携帯に直接電話がありました

来月

会えるかな?

そんな感じです。

  • 親分
  • 2011/04/21 10:25 PM
はい、オムカレー君です。ご無沙汰です。来月、もし壽屋音次郎のライブ実現したら行きますのでヨロシクです。
  • IMAI
  • 2011/04/21 11:43 PM
お久しぶりです。
僕もあいかわらずコンピュータがにがてで・・・
「こんな話が出ているよ」と友人から聞き
感動しました。
是非
ライブの日程が決まったら教えてください。
  • 壽屋改めWhiskycat大谷です。
  • 2011/05/27 7:23 PM
大谷君

お元気ですか?

一度も

新しいお店に顔を出してないよね

本当にゴメンネ!

せやけど

近いうち

必ず

旨いウイスキー飲みに行きまっせ!

俺は

太りましたが

元気です。

色んな縁で

また

会えそうやね。

それでは

see you,soon

  • 親分
  • 2011/05/28 3:44 AM
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